私が住んでる埼玉県浦和は、江戸時代は中山道の宿場町として栄えました。
中山道六十九次(木曽街道六十九次)のうち江戸の日本橋から数えて3番目の宿場町なんですね。
Googleで調べると日本橋から浦和宿まで徒歩で5時間33分と出てます。
昔の人はどこへ行くも徒歩だったでしょうから、健脚でもっと早く着いたのかしらと思いましたが
飛脚であっても速度に換算すると時速7km~8km程度。
で、日本橋から浦和まで約40kmなので計算すると5時間以上かかってしまうことになります。
だから飛脚であっても現在の徒歩の人とほぼ一緒ということになってしまいます。
現在のマラソンランナーは時速18km~19km、トップクラスの選手になると時速20km程度で走りますから、「飛脚はものすごく速い」ということにはなりません。
きっと体格などの影響があったのかもしれませんね。
江戸時代、人々の平均身長は男性で155cm~156cm、女性で143~145cmと低いんですね。
ちなみに自転車だと1時間52分ぐらいで到着します。
もし江戸時代に自転車でもあったら庶民は驚いたでしょうね。
そんなことを思いぷらぷら…
江戸から浦和宿に入ると「調神社」(つき神社)があります。地元では「つきのみや神社」呼ばれ親しまれてます。
神社を守ってるのはこま犬や狐ではなく可愛いウサギです。
調(つき)と月(つき)が同じなので月にいるウサギということらしいです。
そしてしばらく歩くと春にシダレ桜が美しい「玉蔵院」(ぎょくぞういん)があります。

この辺りには現在オシャレで雰囲気のあるカフェやパン屋さん小さなレストランが点在してて、歩いてても楽しいです。
そしてすぐ近くに浦和宿で一番大きな宿であった本陣跡があります。

面白いのは、その本陣跡のすぐ隣に浦和のメインホテル「浦和パインズホテル」が建ってることです。
建つべくして建ってる!そんな気がしました。
それから数分歩くと、二七市(にひちいち)が賑わってたと言われる
慈恵稲荷神社(じけいいなりじんじゃ)があります。
市は毎月2と7の日に開かれており、月6回行われていました。
現在はマンションが立ち並び、その谷間にヒッソリと祭られてます。
その頃の行商の女性の銅像が車が走り抜ける道沿いに、「芋はいらんかね?」と語りかけるようにたたずんでます。

遠い昔の思いを馳せながら、浦和の町を散策しました。
最後まで読んでいただき本当にありがとうございます。


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